「蒔かぬ種は芽(は)えぬ」
小倉で講演がありましたので(今年97回目です)、
終了後、広島に帰郷、今年最後のお墓参りに行ってきました。
お墓掃除を終え、恒例となりました母の講和が始まりました。
「誰にでも親切にしんさいよ。親切を感じてくれる人が必ずおるけん。その人があんたを助けてくれることもあるけー。なんでもそうよ、ちゃんと人とつきおうて、ようしてあげにゃあね。ええことにならんよ」
営業出身の私は、「そうか、今仕込み(種まき)をしておかないと、来年刈り取りができないということか」と、てっきり、「今、しっかり営業をやりなさい」という意味かと思いきや、まったく意表をつく解説が始まりました。
見返りを期待しないで、ちゃんとやることをやれ!
一歩踏み出さないと、何も始まらない!
行動しないと結果は出ない!
いろんな理解ができますね。
「蒔かぬ種は芽(は)えぬ」・・・深い言葉です。
それにしても、この言葉が「人に親切にしなさい」とは、驚きの解説でしたが、母らしい話しだなあと、私は嬉しく思いました。
私は、この母に人づき合いの''いろは''を教えられたような気がします。
その教えは、私の中で確実に生きています。
私を生んでくれた母に、こころから感謝です。
今、帰りの新幹線ですが、いろんな思いを胸に帰京しています。
さあ、今年も残すところ、あと僅か、元気出してイクゼ!
毎度毎度、貴重な講和が聞けるお墓参りです。
母に感謝ですね。
いつまでも長生きしてくださいよ!
高山@広島駅~新幹線
これから東京に帰りま~す。
参考:そうだ!お墓参りに行こう!
お墓参りに行こう!Part3
http://eq.armg.jp/nao/2008/07/22/part3.html
お墓参りに行こう!Part2
http://eq.armg.jp/nao/2008/06/09/post-207.html
お墓参りに行こう!
http://eq.armg.jp/nao/2006/08/18/post-6.html












先祖のお墓参りというのは、日々の「間」なんだと思っています。
この「間」を取れないようでは、心にも余裕がない証し。結果的に、仕事にも・・良い結果が出ませんよね。
若い頃は両親の苦言だと思ってたことが、最近は、ボクにも貴重な講和に聞こえて来る?感じでございます。
そして、先祖のお墓参りと同じほど大切だと思っていることが、お世話になった方々への季節の挨拶だとも、ボクは思っています。
時節柄、年賀状のシーズンとなりましたが・・このたった一枚の年賀状にさえ、送り手の今の全てが見えて来ますね。(出せば良い、手書きなら心がこもっている・・という意味ではなく)
役に立ち、感謝され、必要とされる・・を、自分の価値観と信条にして参りましたが、アプローチに対するリアクションを、常に試されているような気が致します。
ルームさん
深いコメントですねえ。ありがとうございます。「間」って、大切でよね。「間」かあ。。。「間」の取り方って重要ですもんね。私、まだまだ未熟ゆえ、至らぬことばかりです。季節のご挨拶が立派にできるようになること。肝に銘じて努力して参ります。ありがとうございました! nao.
ありがとうございます。
>私、まだまだ未熟ゆえ、至らぬことばかりです。
ボクも、同じでございます。もちろん、完璧な人間などいないわけですが、「気づいた時」どうするのか?なんだと思います。
ただ、ボクは、自分を貧乏だとか、バカだからとか・・自ら言うことはないです。それを認識していることをアピールしたところで、恥の上塗りになるからです。それをわかっているなら、なぜ努力してない?という厳しいツッコミが入ります。
「どうせ私はブスだから・・・」という女性に限って、そうは思っていませんよね。もし「そうだね」と相槌したら、怒られます。自分がホントにブスだと思ったら、努力する筈です。その姿こそが輝いていますし、美しいわけです。
経営もアートも・・・結局は『自己対峙』ですよね。敵は他人ではなく、自分とシッカリ向き合い、自分の現在位置を知って、どうするのか?でしょう。
才能のあるアーティストは富を得ますし、富を得た経営者は、本物のアートを理解出来ます。
ただ、裕福なアーティストというのは、若くて美しい女性と同じほど、稀でございます。
若さ、健康、気力、情熱、友情、経済・・・失ってから気づくのが普通です。
これを若い旬な時に気づき、努力したか?でしょうね。
そして、「才能」とは、継続出来る力だと、ボクは思っています。
ルームさん
「継続は力なり」ですね。50歳を過ぎ、人生仕上げの域に入ってまいりました。今後も努力を重ねて参ります。これからも、貴重なお話しを聞かせてください。宜しくお願いします。nao.