こんな記事を見つけました。
「内定を大きく左右したEQ」
http://job.yomiuri.co.jp/hunt/saizensen/sa_09061601.htm
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お膳立てしてもらうことに慣れきったゆとり教育世代の学生は、相手の気持ちを受け止め、それに対して気持ちで応えるトレーニングができていない。真剣に立ち向かっていても、面接官の眼には曖昧に映ってしまう。容赦なく切り捨てられる最終面接をどう乗り切ったらいいのか、学生たちは途方にくれた。
一方で、こうしたシビアな面接官の眼をかいくぐって5社も6社も内定を勝ち取った学生がいる。相手の気持ちを読み、それに対応できる能力の高い学生たちである。
商社志望の男子学生がいた。昨年の暮れから5大商社の先輩を50人以上訪問した。先輩たちからもエールを送られ、内定獲得は現実味を帯びていた。面接前夜には周到な問答集で入念にチェックした。最終面接まで進んだ商社が2社あったものの、入念な事前の準備がEQを脇に追いやってしまい、肝心の本番でEQが機能せず5大商社は全滅した。
この学生は、万一に備えてメガバンクにもエントリーしていた。失敗の許されない商社と異なり、事前の準備もなく、肩の力を抜き、素顔で臨むことができたようだ。面接官の気持ちもしっかり受け止められてスムーズな対話ができ、呆気なく内定にこぎつけた。
EQはコミュニケーションの原点と言えよう。面接官がどういう意図で質問してきているのか、学生から何を引き出そうとしているのか、それを読めれば的確な答えを返すことができる。
今年の就職戦線で、空回りした学生たちは「環境の悪化」を理由づけにしているが、実態はEQのトレーニング不足と言い切っても過言でない。普段から、周囲を観察し相手を思いやる習慣を意識していたら、EQが自然と身につき、就職氷河期も恐れるに足らずであったろうに悔やまれる。
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採用シーズン到来、学生の皆さんも就職活動が佳境に入って来ました。
とても深い話ですねー。
EQが重要な能力として語られ、その必要性が就職戦線、その面接時に必須な能力であると書かれています。
この厳しい経済環境、その中を勝ち抜き、未来を切り開いていく潜在能力の持ち主でないと、これからの社会は生き残れない。会社も同様。それを兼ね備えた人材を見極める採用面接。
とてもレベルの高い話だと思いました。
私は、
「面接レベルのEQではなく、身に備わったEQが必要である」
と理解しました。
一夜漬けのEQトレーニングは通用せず、
日常生活の中でEQを意識し続けて身に備わった本物のEQが求められている。
本物だけが生き残れる厳しい時代の到来です。
本物になるための第一歩・・・
日常生活の「当たり前のことを当たり前に」が、
できるようになることだと、私は思うのです。
http://eq.armg.jp/nao/2009/07/08/post-310.html
「人」として生きていく基本。
高度なテーマです。
「三ケ日みかん」が出始めましたー! 甘いよ~♪
たかやま なお@静岡 三ケ日












この現象、勘違いの採用面接ノウハウ本、就職指導にも問題あるのでは?採用面接でどの学生も答えは金太郎飴みたいに同じ。せっかくその人の特性を見てあげようと思ってもにわか勉強でつけた鎧でなんにも見えません。いっそのこと、1500Mくらい走らせてゴールで面接やったら色々素直に話してくれるかもしれませんね。
p.s.因みに、ぼくはミカン大好きですが、甘いのはキライです。昔はミカン=すっぱいと相場は決まっていたように思うのですがいつのまになんでもかんでも甘ければいいという世の中になってしまったんでしょうね。最近、すっぱいミカンは9月~10月の青きりミカンでしか味わえないようになりました。(;_;)
ぼくさぁさん
おはようございます。コメントありがとうございました!「1500Mゴール後面接」ナイスアイディア!ですね。私だったら…と、想像しちゃいました。頭真っ白状態の面接、もうなんでも言えちゃいそうです。それも「人間らしく」話ができるな~と思いました。
「真っ白な感情」も大切だと思っています。ベタな言葉で言うと「色眼鏡で見ない」と近いと思います。全力で駆け抜けた後だと、この状態がつくれるかもしれませんねぇ。
青いミカン…あー小学校の運動会を思い出します。 nao.